小柳直人「中学時代」

こんにちは。小柳直人です。

“平成最後の〇〇”から、ぼく小柳直人の平成の思い出と共に世間の出来事を振り返っていこう!をテーマに書いてきました。

前回は小学生時代、主に入学した平成9年(1997年)のお話でしたが、今回はまた飛んで中学校入学の2003年(平成15年)を見ていきましょう。

【小柳直人の中学時代】2003年(平成15年)〜2007年(平成19年)

正直2000年以降は、なんだかこの間の出来事のように思えるんですよね・・・。個人的に昔のことを“この前”だと言うようになったらおじさんの仲間入りだといっていいと思っています。(笑)

映画好きのぼくの観点から言えば、『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』が公開され、劇場まで両親と観に行ったのを覚えています。ジョニー・デップがかっこよすぎて痺れましたね。

この年は確か名作が多いんですよね。『ファインディング・ニモ』、『ロードオブザリング』、『キルビル』などなど・・・。
ロードオブザリングは特にクラスで流行っていたので、図書館に行って小説を借りようとしても常に借りられている状態でとても人気でした。あんなに分厚い本なのに皆ハマって読んでたなぁ。ぼくは、数ページで飽きてしまいましたが。(笑)

中学生の小柳直人はというと、サッカー部に入部して部活漬けの生活を送っていましたね。
朝練、授業、購買、授業、購買、授業、準備・・・部活、帰宅。みたいに、とにかく授業が終わるたびにパンやジュースを買いに行ってつまみ食いをしていました。

やはり食べ盛りなのもありますが、スポーツをしているとお腹が減るんですよね。小学校の時には購買なんかなかったので、なんだか大人になった気分でした。

この時は、携帯電話を持っている子が数人しかいなくて現代のようにスマホで何でも調べるというわけではなかったので、興味関心事を調べるにあたって情報網はもっぱら、先生や、両親、図書館、テレビなど。パソコンも自宅にありましたが、立ち上げるのが面倒くさかったのでほとんど触れていないと思います。

中学3年生で高校受験第一候補に合格したので、約束の携帯電話を購入してもらいました。
そこから一気に世界が開けたような感じがしました。彼女の登録名は、(〇〇ちゃん(ハートマーク))だったし、着メロも当時流行っていたRADWIMPSの有心論などだったと思います。着信時のランプの色も彼女だけオリジナルにしていて、待ち受け画像はオソロイだったり・・・。懐かしいですね。

高校になってもしばらくはそういう感じで携帯電話を使って楽しんでいましたね。

それでは、また。小柳直人でした。

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